嵯 峨 祭〈還幸祭お帰り編〉 

 

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嵯峨祭(さがまつり)とは5月の第3、第4日曜日に愛宕神社、野宮神社両社のお祭の事をいいます。

5月の第四日曜日に、還幸祭(かんこうさい)が開催されます。わたしたちは、お帰りと呼んでいます。

嵯峨祭は隔年で巡行コースが変わります。

西暦奇数年度は、お旅所⇒中院町⇒鳥居本⇒大覚寺(昼食)

⇒フェリス嵯峨⇒造路町⇒嵐亭⇒お旅所

西暦偶数年度は、お旅所⇒北嵯峨⇒大覚寺(昼食)

⇒椎野・中島町⇒竜門町⇒角倉⇒嵐亭⇒お旅所

この日は早朝より各町内 お旅所に集い、お神輿さんが巡行できるよう轅(ながえ)をからみ、

台車を固定し元どおり神輿蔵に収めます。これでひとまず解散です。

自宅に帰り、水をかぶり、体を清め、各町内会の集合場所に集います。

(北嵯峨会議所前、2003年)

 

   

   

「鳴りカン」を鳴らしながら各町内次々に合流しお旅所まで行きます。
 

 

お旅所に到着すると、鳴りカンを轅に装着します。

5本の鉾もお旅所に飾られます。

この鉾は京都市無形民俗文化財に登録されています。

詳しくは財団法人京都市文化観光資源保護財団のHPをご覧ください。

   
 
     
 
神事があり、お神輿に御霊が入ったら御輿渡御が始まります。
 
 
 
お旅所を出たところです。
 
 
 
   
 
午前の見せ場、四区会所前。
 
 
このまま大覚寺に入り午前の部は終了となります。
 
この御神輿2基は旧嵯峨御所である大覚寺様からの贈り物と聞いています。
 
そのため、愛宕神輿には菊の御紋と左三つ巴、
 
野々宮神輿には、菊の御紋と裏葵の紋が入っています。
 
 
  

ですので、お払いも向かって左側に神官、右側に僧侶が並び行われます。

これが終了すると昼食です。

「大覚寺前での菊鉾」

「大覚寺前で野宮神社の差し上げ」

  そして、鉾、おみこしは南へと下っていきます。

  

大覚寺を出て最初の休憩所「フェリス前」

奥に見えるのが野宮神社の神輿、手前はこの年世話方の小畑英雄さん。

私たちの意見を聞いていただき、いつもお世話になっております。

 

やはり嵯峨祭りの見どころ、クライマックスはなんと言っても渡月橋でしょう。

午後2:30から3:00ころ渡月橋から長辻通りを通りお旅所まで。

歴史絵巻が再現されます。

稚児行列、獅子舞2頭、 神輿、澤潟鉾、龍鉾、麒麟鉾、菊鉾、牡丹鉾、

愛宕神社子供神輿、野宮神社子供神輿、

愛宕神社神輿、野宮神社神輿

の順で巡行し参加者は総勢1,000人といわれています。



最後尾から野宮神輿から愛宕神輿、遠くに見えるのが鉾

野宮神輿の手前にいるのが各町自治会長



   

渡月橋から天竜寺前、踏切をすぎれば嵯峨小学校です。

私も、父、祖父、曽祖父ともこの学校の卒業生です。

4代、5代そろってという方もおられるかも知れません。

創立が明治5年です。

ここでも、愛宕神輿、野宮神輿を並んで担ぎます。

  

お旅所に帰ってきました。

お旅所に帰ってきたら、愛宕神輿、野宮神輿関係なく、皆で拝殿周りを3週します。

  

愛宕神輿の次は野宮神輿です。紫色の服を着た方々は鉾を差しておられた皆様です。

野宮神輿葉差し上げで終わります。

この後神事があり、御霊を抜いて長い一日が終わります。

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